太陽の幸福論
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[Information]
One Piece ( mihawk x roben )
鷹花 / 夫婦パラレル / かなり原作とかけ離れていますのでご注意。
登場人物
・ロビン…ミホークの妻で専業主婦。現在子供を身ごもっている。
・ミホーク…ロビンの夫。有名な画家で地下のアトリエで仕事をしている。
・ナミ…3歳の女の子。ベルメールの娘でよくジュラキュール宅に遊びに来る。
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コトンと静かにマグカップを置いて、
目の前で興味津々な視線をありありと注いでいるオレンジ色の髪の女の子は、
その大きな目をさらに丸く開いて肘付いた手を顎に当てていた。
「ねえロビン」
「なあに、ナミちゃん」
「そのコは何時生まれてくるの?」
彼女のまだ小さな口から、たどたどしく生まれてくる言葉は
まだ呂律がきちんと回っていなく、そんな幼さに、ロビンは愛しさを感じた。
「そうね。あと三ヶ月くらいかしら」
「…ふーん、まだそんなにかかるのね」
まだまだ期待はずれの真実を聞いて
オレンジの彼女はぷくっと愛らしい頬を膨らませてため息をつき、
またその小さな手に収まったマグカップにあるココアに口付けた。
「まだ熱いから気をつけて飲むのよ?」
「うん」
注意を促すロビンに素直に呟いた。
マグカップにふうふうと息を吹きかけながらココアをすする、彼女の名はナミという。
彼女は近所に住むベルメールの娘で、今年でやっと三つになった。
活発で少々おてんばなナミは、物事への興味心も人一倍で
歩けるようになってからはひっきりなしに近所のいろんな所へ行っては
顔なじみの大人たちにいろんなことを聞いて回っていた。
そんなナミであったが、
ここ最近はどうもロビンの家に居ることが多くなっていた。
それというのも、おそらく今彼女が最も興味を示している事が
大きくなったロビンのお腹だからなのであろう。
はじめは余り気にならなかったお腹も、
月を追うごとに次第に大きさも目立ってきて
ロビンの比較的華奢な体で抱える重荷のアンバランスさに
当初はひどく驚いていた様子だったことを思い出す。
幼心に衝撃的だったのであろう。
いつも以上にそのロビンの大きなお腹に興味津々のナミは、
幼稚園にまだ通い始めていないこともあり、毎日のようにロビンの家を訪れては、
ベルメールが仕事から帰るまでロビンの元でお昼を過ごしていた。
そういえば、
初めて彼女に子供のことを説明したときは少々大変だったっけ。
赤ちゃんってなに?
ロビンのお腹にだけ居るのはどうして?
アタシには出来ないの?じゃあゲンさんには出来ないの?
挙句、赤ちゃんはどうやってできたの?とう問いで質問攻めされたときは
流石のロビンも苦笑を余儀なくされ、情熱的な彼女の探究心にほとほと困り果てた。
其のときは丁度よくベルメールが迎えに来る時間だったから
何とか逃げ切れたけれど、今でも時々同じ質問をされると、どうも逃げ場を探してしまう。
子供ながらに、余りに探究心在りすぎるのも困り者みたい。
「あ〜、早く赤ちゃんのお顔が見たいなあ」
大分無くなったココアを見詰めながら
足が付かない椅子に座って両足をぷらぷらと揺らす。
この調子じゃ、子供が生まれたらナミちゃんはお姉さん気分ねと
まるで自分の子供を見るような愛しさをこめて、其の姿に微笑んだ。
「ねぇロビン」
「なあに、ナミちゃん」
「ロビンのお腹にいる赤ちゃんは女の子かな?男の子かな?」
「そうね、それは私もまだ分からないわ」
もう宿して七ヶ月を過ぎる現在、
性別も既に確認できる状態ではあったが、ロビンはあえて子供の性別を聞かなかった。
主治医であるDrくれはは「このご時世でまた面倒なこったね」と肩をすくめて笑っていたが、
ロビンは「其のほうが楽しみが増えるわ」と笑顔で答えたのを覚えている。
男の子でも、女の子でも、
元気に生まれてきてくれさえすればどちらでも私は幸福。
「私も、早くあなたの顔が見たいわ…」
思いを胸に、静かに大きくなったお腹を撫でると
まるで返答するかのようにしてお腹の中の子がこつんと蹴った。
「あら…」
「ん?どうしたのロビン?」
「ふふ、今赤ちゃんがお返事したみたい」
「えっ本当!?」
また、ナミの大きな緑の瞳が目いっぱい開かれる。
ひょいと高い椅子から降りて、「すごいすごい」と飛び跳ねると
とてとてとロビンに駆け寄って背中にぴょんと抱きついた。
「凄いわロビンっ!赤ちゃんもアタシたちの声が聞こえているのね!?」
「ふふ、そうよ。きっとナミちゃんの声も届いているわ」
「凄いっ凄いっ!!」
興奮しているのか、ぎゅっと力が込められた小さな腕が
柔らかくロビンの肩を抱きしめていた。
「ねぇ、ナミちゃん」
「なあに、ロビン」
「この子が生まれたら、ナミちゃんも沢山可愛がってあげてね」
まるでこれからお姉さんにでもなることを教えるような口調で
静かに綺麗な笑顔でささやいたロビン。
ナミは少しだけ驚いたような表情でロビンを見詰めた後、
また可愛い笑顔を満面に広がらせて、大きく「うん」とうなづいた。
鳩時計の針が午後五時を指していた。
大きなお日様は向こうの丘に沈み始め、
陽の赤と夜の青が混ざり合った綺麗なグラデーションに空が染まる。
あれからナミとロビンは、一緒にお茶をして、
ナミが読んで欲しいと持ってきた本を読んで聞かせたあと、
共にガーデニングの手入れをしたりして、
まるで仲の良い親子のようにゆっくりとした時間をすごしていた。
夕焼けが綺麗に染まった頃、
そろそろゲンさんが迎えに来るから支度をしましょうねと、
ナミが持ってきた本やお絵かきの道具を可愛いバックに仕舞っていると、
リーンと玄関先の電話のベルが音を立てる。
電話の主は、ナミの親代わりでもある当のゲンゾウであり、彼によると、
ベルメールと共に出向いた遠出の市場で少しトラブルがあったらしく
帰りが遅くなるから出来ればナミを一日泊まらせて欲しいとの用件だった。
そのことにナミは大喜びし、「今日はロビンと一緒のベッドで寝るんだ」と
楽しそうにしてぴょんぴょんと飛び跳ねている。
この子は嬉しいことがあるとこうして全身で喜びを表すのだ。
元気なナミに、ロビンはまた頬を緩ませて笑顔を作る。
程なくすると、
今度は玄関口ではなく勝手口付近にある一つの扉がキィと音を立てて開いた。
地下のアトリエに繋がるその扉が開くと、かすかに油絵の具独特の匂いが漂ってくる。
様子に気付いて、今までナミと共に夕飯の支度をしていた手を止めて扉の方へ視線を送った。
すると中から黒い服を少し油絵の具で汚した背の高い男が
疲れた様子で首を鳴らしながら姿を現した。
「あ、ジュリーっ!」
ロビンにつられて視線を逸らしたナミが、
彼の姿を見るなり、手に持った食器を少々乱暴にキッチンへ置いて
たったったとスリッパを鳴らせて彼の元に駆け寄っていった。
「ん?ナミちゃんか。来ていたのかい」
「うんっ!今日はベルメールさんが遅くなるって、お泊りしていくことに決めたのよっ」
長身の彼の膝上までしか届かない、小さな身体をめいっぱい背伸びさせて
彼の足に抱きつくナミは、きゃっきゃっとはしゃいで肩車を強請った。
「はいはい」と苦笑しながら軽いナミの体を持ち上げて肩に乗せると
ナミは「高ーい!」と嬉しそうにして彼の頭にしがみつく。
「ジュラキュール、お疲れ様」
はしゃぐナミに後れを取ったロビンは
エプロンで塗れた手を拭きながら後ろから静かな声で出迎える。
「いい作品は出来た?」
「ああ。随分時間は掛かったがな」
ずれ落ちた眼鏡の淵を上げて満足そうにそういう彼に、
ロビンは「良かったわ」と答えて綺麗な笑顔を浮かべた。
今、ナミを肩に乗せ目の前に立つ長身の男は、
ジュラキュール・ミホークという業界では名の知れた画家であり、
そしてロビンの夫、つまり子供の父親でもある男だ。
夫ではあるがロビンは昔の癖で今でも彼を姓で呼んでいる。
そういえば、其のこともナミは不思議に思ったらしく
少し前までは引っ切り無しに質問されていたな。そんな事を思い出した。
彼が缶詰で書き上げた作品は、今度都心の方で開催される
国際美術際の目玉として展示されるらしい。
それにあたりオファーも相当前から来てはいたが、
いつも締め切りギリギリまで延ばしてしまうのは彼の悪い癖だということ、
相手側も十分知っているのであろうと、ロビンは思った。
余談ではあるが、
ナミはミホークのことを「ジュリー」と呼ぶ。
彼をこう呼ぶのはナミだけであり、何故「ジュリー」なのかは
ナミ自身もよく分からないらしい。
物心ついた頃から、既にナミの中でミホークはジュリーなのだ。
ロビンが思うに、おそらくはロビンが「ジュラキュール」と呼ぶのをずっと聞いていて
自分も「ジュラキュール」と呼んでいるつもりだったのであろうが、
子供の呂律では余りに難しいその発音に、舌が回らなく
「ジュリー」と安訳されてしまったのだろう。
なんにせよ、ミホークには程遠く可愛いあだ名に、
初めの頃はロビンもベルメールも笑いをこらえ切れなかった時期もあった。
彼を「ジュリー」と呼ぶナミを見てロビンは懐かしさを感じる。
「そういえば、さっきおつるさんから電話があったわ」
「ほう、珍しいな」
「ええ、『作品は順調かい?』って。心配のご様子よ?」
「問題無い。……俺は此れでも作品放棄はしたことが無いのだがな」
「ふふ、でもいつもギリギリではなくて?」
口元を手で押さえて、ちょっと嫌味っぽく言い放つと
ミホークは元々深い眉間にさらに皺を寄せて眉をひそめた。
其の姿が、何故かおかしくて、ロビンはクスクスと笑っている。
笑顔のロビンに、ミホークはしばらく口元をへの字に曲げていたが
観念したのか「まあ、違いない」とため息を付いてその表情を苦笑に変えた。
しばらくナミを肩に乗せていると、
気を使ったロビンが、「ナミちゃん手伝って?」と誘い出した。
ナミは素直に「はーい」と返事をすると、ミホークの肩から降りて
ロビンの後を追い、キッチンに歩を進める。
その小さな後姿を見送ったあと、ミホークは眼鏡をはずして眉間をつまむと
大きく息を吐いてそのままリビングの大きなソファーに倒れこんだ。
思わず出てしまう自分の親父臭い声が耳につく。
「俺も歳か…」呟くだけ損な気がしてその言葉だけは喉の奥にとどめておくことにした。
キッチンからは良い匂いが漂ってくる。
まったりと優しいコンソメの香りと、其れに溶ける甘い玉ねぎ。
今日はロビンの得意なポトフらしい。
内心微笑んで今日初めて目を通す朝刊を読みふけっていると、パタパタとスリッパの音。
気付いて新聞を避ければ小さな笑顔が膝の上に飛び乗り、彼に夕食を告げた。
「直ぐ行くよ」とそのオレンジの髪を撫ぜる。ナミはまた嬉しそうにして笑っていた。
小さな背中を追ってダイニングへつくと、ロビンが食事の準備をしながら笑顔で迎えてくれた。
顔や口には出さないが、自慢の妻の優しい笑顔に、自分は幾分と幸せ者だなと内心だけで呟いて
指を引くナミに連れられたダイニングの席に腰掛ける。
目の前には湯気を放つポトフ。やはり当たりだ。
「ねぇジュリー、見て見て!このジャガイモ、アタシが切ったのよっ」
席を付いたのを見計らうように急いで彼に駆け寄ったナミは
子供特有の脚力でもって、またしても彼の膝の上にちょこんと納まる。
そして彼の目の前に陳列するポトフのジャガイモを指差して
「偉いでしょう?」と付け加えながら、自分の仕事の成果を報告した。
ナミは随分まえからミホークの膝がお気に入りらしい。
普段一緒に居るベルメールの柔らかい膝でもなく、ロビンの華奢な膝でもない。
ゲンゾウよりも幾分と鍛えられているミホークの膝は、
ナミにとっては言わば父親の膝の上にいるような安心感を与えてくれるのだろう。
見て見てと騒ぐ彼女の頭越しにナミの指したジャガイモを見ると
其処にはいびつな形ながらポトフの中にしっかり存在感を示すジャガイモのかけら。
堂々な様は、まるでナミのようだった。
思わず口元で笑うと、それを見たナミが
「なによーっ!綺麗に切れてるでしょっ?!ねぇ、ジュリーったら!!」
「ああ、ナミちゃんらしく切れてるよ。…良く頑張ったな」
「うん!今日はね、ロビンのお手伝い、沢山したんだからっ」
胸元から見上げてくる大きな瞳が、彼をみて満面に微笑む。
こうやって女の子は女らしくなっていくんだな。
らしくないことを考えていると、キッチンから戻ったロビンが
二人の姿をみて、「あら」と口元に手を当てていた。
「さ、夕食にしましょう?ナミちゃんも席について」
「はーい」
先ほどからミホークにべったりのナミに苦笑してロビンが注意を促す。
ナミは素直に返事をして、彼の膝から飛び降りると、
テーブルに一つだけ用意された子供用の少々足の長い椅子に飛び乗った。
この椅子はゲンゾウの手作りで、
ジュラキュール宅によくお邪魔するナミ用にと送られたものだった。
しかし3年もすればきっとこの席に座るのは二人の子供なのだろう。
そしてナミは「もう大人よ!」と夫婦と同じ椅子を使うに違いない。
そんなことを想像してクスっと笑うロビンに、
ナミはハテナ顔を浮かべていたが、窺い知れたミホークは、
幸せそうな妻の姿に人知れず笑みをこぼしていた。
それから三人はゆっくりと夕食を取っていた。
ロビンの作るポトフは絶品で、ミホークはその作り方、出来栄え、味、全てが好きだった。
ナミは猫舌でいつも熱い熱いといいながら食べ、にんじんは嫌いだから入れないでという。
好き嫌いはダメよとロビンが聞かせれば、だってぇ、と口ごもらせた。
食べれば褒美にウインナーを一つ上げようと言うと、一生懸命ににんじんを食べている。
其の姿に、二人はまだ子供が産まれていないというに、子育てをしている気分だった。
デザートには、ナミが大好きなオレンジムースを出す。
これはロビンとベルメールが常連のケーキ屋のオーナー・ゼフが作った特製品で、
普段は店頭に並ばない。ナミやロビンたちが頼むことによって特別に作ってくれる隠れメニューだ。
彼女は、子供が少ないこの村では誰もに愛されているのだろうと、ロビンはそう思っていた。
ナミはこのデザートが大好物であることを皆が知っていた。
ロビンは此処最近よく来るナミのために何時もみムースケーキを用意しておく。
今日もソレを目の前に、目を輝かせる彼女の姿はなんとも愛らしい。
食後は、リビングのソファーに移動して、ゆっくりとした時間をすごす。
何時の間にか、鳩時計は午後九時半を報せようとしていた。
「ふああ…」
小さな欠伸。
大きなソファーでころんと横になりながら、
半瞼でテレビを見詰めるナミにとっては、そろそろ眠い時間らしい。
洗物をするロビンの後姿をうかがった後、
彼女の欠伸に気付いていない模様を見てミホークは
ナミが平らげたケーキの皿を持ってキッチンに向かう。
「あ、ジュラキュール」
「手伝うか」
「いいえ、大丈夫よ。有難う」
重荷の彼女を気遣う言葉も、何時もこうやって掻き消される。
苦笑して手にある皿を洗物の陳列に加えた。
「ナミちゃん、もう眠いようだな」
「あら、じゃあそろそろ寝かせ付けないと…」
「俺が行こう。寝室でいいのか?」
「ええ、お願い。ジュラキュール」
「ああ」
リビングの戻ると、ナミは既に寝息を立てているようだった。
起こさないようにと抱き上げるが、体が中に浮いた途端、
「…あれ?ロビン…?」
「ナミちゃん。そろそろ寝よう」
「あ、ジュリー…。やあだ、まだ、眠くないの……」
子供の抵抗。眠くないといっても瞼は重さに耐え切れて居ない。
随分と眠そうに見えると答えれば、ぶんぶんと頭を振った。
「今日は、ロビンと一緒に、寝るって決めたのぉ…」
「ロビンは今忙しい。俺では役不足か?ナミちゃん?」
「………」
苦手ではあったが、極力「優しい笑み」を浮かべてみる。
何処となく気恥ずかしい今の自分の表情は、ナミ意外に見せたことはない。ロビンにも。
出来ねことならば早く崩してしまいたい表情だが、ナミを説得するにはコレが一番手っ取り早い。
「……うん。わかった。ジュリーと寝る」
「有難う」
説得あってか、笑顔が利いてか。
首を縦に振るナミにもう一度笑いかけ、二階にある寝室へ向かった。
キッチンの奥から見送るロビンは、そんな彼の後姿に「ありがとう」と口ずさんだ。
時計の針は既に十時を回っていた。
鳩時計がなり終わってしばらくした頃、カツカツと階段をりる音が聞こえる。
リビングに現れたのは勿論ミホークの方。
「お疲れ様」と言えば「ああ」と淡白な答えが返ってきた。
思いのほか時間がかかったようで、ナミちゃんは元気だなと苦笑している。
可愛いわ。そういって微笑んで、テーブルにあるカップを一つ、ミホークへ差し出した。
「ダージリンを入れたの。冷めてしまう前にどうぞ」
ほんのりと香ばしい香りを立たせ、優しく揺れるダージリン。
ロビンの両手に収まった白いカップの中で冷めることなく湯気立たせるそれは
今入れたばかりなのであろう。
礼を告げると、ロビンの腰掛けるロングソファーの隣に深く腰掛け
そのカップに浅く口付けた。
「ああ、美味いな」
「ふふ…」
短い感想だが、ロビンの芯に伝わる言葉。
彼の深い声が好きだった。
こつん、
甘えるようにしてロビンがミホークに体を寄せる。
久しく見なかった彼女の行動に、ミホークは少し驚いた様子を見せたが、
直ぐに解して肩を寄せるロビンを静かに抱き寄せた。
ロビンはただ何も言わずに、己の手の中に納まっているカップに注がれていた
ホットミルクの残りを見詰めている。
ミホークも何も言わずにただ、残り少なくなったダージリンティーのカップを握っていた。
「…怖い」
ぽつんと呟かれた言葉は、そのままの意味でミホークの耳に届いていた。
様子を伺うと、体を寄せる妻は少しだけ身をすくめ、
伸びた細い指はミホークの服の裾を静かに握り締めている。
「如何した?」
「ええ、怖いの、ジュラキュール」
カタカタと震えるミルク。
心配になりロビンの顔を覗くと、彼女は顔を赤らめ、すこし泣きそうな笑顔で
「幸せすぎて、怖いわ」
其の言葉は、予想外といえば予想外で、
ロビンらしいといえばロビンらしい言葉だと、ミホークは思っていた。
なくなったダージリンのコップを置いて、そっと彼女の肩を撫ぜる。
恋人だった頃のように優しく指を滑らせば、
ロビンの体は微かに震え、静かに見上げる漆黒の瞳は、潤い足りていた。
泣きそうな瞼に口付ける。
そのまま頬を撫ぜて、彼女の頭を抱き寄せた。
言葉ならずとも、二人は通じ合っている。お互いの不安や喜びを共有しあう。彼等は夫婦なのだから。
ロビンのカップに残ったミルクは、冷たくなって翌朝発見された。
空のカップにはダージリンティーの残り香にすこしこびりついた茶渋。
それをみて「やってしまったわ」とため息を付く羽目になるが、
今、こうやって、愛らしい人を腕に抱き、愛しい人の腕に抱かれ、
静かに眠りに付く彼女には、どうでも良いこと…。
おやすみなさい。愛らしい人。
おやすみなさい。私の君。
おやすみなさい。愛しい人。
また太陽は昇り繰り返される。
彼等の幸せな生活は、まだ始まったばかりなのだから。
2007/06/07
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