彼を超える少年
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[Information]
One Piece ( mihawk x roben + zoro )
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ブンッブンッ…
空気を裂く重い音が耳に届いた。
サンジが作ってくれた特性のフルーツサワーを飲み干して
音の出所であるデッキに眼を向ける。
緑色の頭をした彼。
普通の人ならば逆に腕を追ってしまいそうなほどに
見るからに重そうな錘を
バットでスイングするかのようにブンブンと振り回していた。
「剣士さん」
「……」
声をかけると無言の返答。
それは自分が嫌われているからではなく、
其の反応こそ彼の性格なのだと知ったのは最近のことだ。
「トレーニングかしら?はかどっているのね」
「…まあな」
短い会話を交わすが、それ以降は声をかけなかった。
彼の邪魔をしては申し訳ないと
また手元にある本を読み返す。
しばらくすると耳についた規則的な音がやんだのがわかった。
終わったのかしらと内心だけで思い、
構わずに自分は本を読む手を休めずにいると、ふと、光が陰るのがわかる。
視線を上げると、其処にはトレーニングの汗でびっしょり濡れた剣士が
物言いたげに自分を見下ろしていた。
「どうかしたのかしら?」
「…別に」
「そう、そのままで居ると風邪を引いてしまうわ」
「ああ。タオルとってくれ」
ぼそっという声を聞き逃さず、そのまま微笑むと
頼まれたとおり自分の近くにおいてあった緑色のタオルを
ハナハナの実の能力でぽいと彼に投げ返す。
「サンキュ」
「どういたしまして」
彼が自分の近くに居るのは珍しいことだった。
以前からゾロはロビンの存在を仲間と認めては居ないようで
こと或るごとに釘をさすような台詞を投げかけるようなことが多かった。
そんなゾロが、珍しくもロビンの近くに居る。
何かあったのかしらと、
ちょっとほほえましそうにしながら見つめていると、
「…お前、」
案の定。言葉を発するゾロに耳を傾ける。
「どうしたの?剣士さん」
「……お前、七武海のクロコダイルと一緒に居たんだろう」
「ええ。4年だけだけれど…」
何故今更そんな事を聞くのかしら。
と思っていると、彼の雰囲気が少し変わった気がしたので様子を伺う。
すると、珍しくしばしためらう素振りを見せてから、
意を決すようにしてゾロが口を割った。
「じゃあ、鷹の目に合ったことはあるか?」
思っても見なかった単語に不意を突かれる。
思わず微笑むことも忘れて瞳孔が動揺の色を見せた。
自分の反応にゾロは眉をひそめて其の様子を伺っている。
いけない。と気付いて、また直ぐに笑顔をつくった。
「どうして?そんなことを聞くの?」
「…俺が目標としてるのがあの鷹の目だ」
問いに素直に応えるゾロ。
嗚呼、投げかけなければ良かった。自分の動揺は色を増すばかりだ。
悟られないように貼り付ける精一杯の笑顔が崩れないことを祈る。
「…貴方の『世界一の大剣豪』とはそういうことね…」
「何か、知ってるなら教えてくれ。鷹の目の事」
詰め寄るゾロの目は真剣だった。
ゾロにとってはロビンが初めて出会う「七武海に近かった存在」だ。
別に敵の事前情報がほしいというほど、ゾロは姑息な剣士ではないし、
逆にそんな行為を嫌う誇り高い剣士の部類であることはロビンも知っていた。
だが、ゾロにとってみては、戦いに役立てるための情報というよりも
ある種の興味心に近いものがあるのであろう。
自分が目標とする男が、一体どんな男なのか…。
反して、ロビンの心境は穏やかなものではなかった。
鷹の目ことジュラキュール・ミホーク。
会った事がないというわけではない。
むしろ、自分は彼に「暇潰し」で抱かれたことがある女だ。
麦わら一味に入り、バロックワークスが壊滅してからは
点で接触がなくなった彼ではあるが、
未だ十六夜の夜は彼を思い出すことも或る。
ロビンは迷っていた。
果たして、ゾロにミホークとの接点を伝えてもいいのだろうかと。
もちろん抱かれたことが或るなどとは口が裂けてもいえることではない。
ただ、十六夜にやってくる彼が、
果たして本当のミホークの姿だったのか、そこに自信がもてなかったからだ。
自分はいわば彼の「遊び道具」のようなもの。
ミホークが暇潰しを演じるにあたり、
自らが楽しむためだけに適当な演技を見せていただけであったとすれば、
ロビンはジュラキュール・ミホークという人物をまったく知らないと同じこととなる。
「おい、ロビン!」
黙りこくるロビンにあらためて声をかけるゾロ。
ふと、取り戻す視線で彼をもると「大丈夫か?」と続けられた。
そういえば、ゾロとこうして話すのも初めてかもしれないと
若干呆ける頭で考えていると、
「応えにくいようなことなのか?」
続けるゾロにロビンはすこし驚いて、
それでも直ぐに笑顔をむける。
「いいえ、そういうことじゃないわ。唯…」
「唯?」
「………私も、余り良く知らないの」
思わずついた言葉に自分で胸を締め付けた。
そう、私は彼のことなんて何も知っては居ない。
あんなに抱かれた男なのに、
彼の本当に好きなものも、彼が歩んだ信念も。
彼が住んでいる場所すら…。
私は何も知らないのだ。
唯、唯一、私が知っている事は
静かだけど内ひめたる激情。それに似つかぬ凍てついた唇。
投げかけられる鋭い金色(こんじき)の視線は、
私を殺してしまいそうなほど孤高に満ちていたということだけ…。
私は、ジュラキュールにとって、本当にただの「暇潰し」だったのだ。
確信してしまった、瞬間。
未練などないはずなのに、今更彼を恋しく思うのは、
そろそろ十六夜が近いからだろうか…。
刹那さをこみ上げる中、
ロビンの言葉を聞いたゾロはそれ以上追求することはせず、
「そうか」とだけ呟いてからまた次のトレーニングの準備をしている。
ゾロとて鈍いわけではない。
ロビンの動揺した反応に気付いていないはずはなかった。
だが、あえて追求しなかったのは、
きっとそれ以上は踏み出してはいけない何かが
ロビンと鷹の目の間にあるのかもしれないと、直感的に悟ったからである。
詳細はわからないが、これ以上聞き出してロビンが此処に居づらい環境になったら
きっと船長であるルフィが許さない。
ゾロ個人の私事の所為でそんな面倒になるのは自分も嫌だった。
未だ心此処にあらずなロビンを横目で見つめる。
次について出た言葉は、ゾロ自身も目を見開くような、自分らしからぬ臭い台詞だった。
「俺は船長に二度と負けねえと誓ったんだ。
だから、鷹の目にも次は絶対に勝ってみせるから、
そんときまで、お前はこの船に居ろよ」
突然の思わぬ言葉にロビンははっとして彼を見上げた。
一方で「畜生、クソコックみてぇなこと言わせやがって…」と
若干の赤面を通して立ち上がったゾロは
言葉に驚くロビンを通り越して足早にデッキへ戻り、またトレーニングを始めてしまった。
ブンッブンッ…
また規則正しい錘が唸る。
その音に、ロビンはゆっくりと思考を取り戻してくる。
『この船に居ろよ』
慣れない台詞にちょっと上ずった少年の声は
自らの耳にゆっくりと伝わってきた。
この居心地のいい船の上で、唯一仲間と言ってくれなかった彼が
初めてロビンを仲間と認めた瞬間を悟り、
思わず嬉しさと、同時にまた別の刹那さが胸にこみ上げる。
大切な皆、だからこそ、自分がこの船に居ることは許されない…。
言葉に出来ないその感情を無理やり押し込めた。
テラスからデッキをのぞくと、先ほどの緑の彼が
また汗だくになりながらトレーニングを開始していた。
気のせいか、先ほどより若干肌が赤い。
思わず、綺麗な笑顔で微笑んだ。
「剣士さん」
「アァ?なんだ五月蝿ぇな、今トレーニング中だ!」
「ウフフ、ごめんなさい。でも思い出したことがあったのよ」
ロビンの声に動作は続けて視線を向ける。
今度は先ほどのためらいなどなく、ロビンはこう続けた。
「ジュラキュール・ミホークはね、赤ワインがとても好きな人だったわ」
透き通る声がゾロの耳に届く。
すると彼は口元で笑って
「お上品な野郎だな」
言ったゾロの「悪そうな顔」に、ロビンはまたクスクス笑う。
そして、今度は真剣な瞳で、ゾロに投げかけた言葉は、
「…超えてね。彼を……」
「勿論」
潮風が心地よい夏島付近の午後の出来事だった。
2006/10/13
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