十六夜狂言
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[Information]
One Piece ( mihawk x roben )
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アラバスタの長い夜を抱いた。
カツ、カツ、カツ、…
小さな音がロビンの耳に入る。
昼間でもカジノがある表ほど騒がしくはない本社だが
夜は一段と静まる空気に、思わず鳥肌が立った。
規則正しいその音は
やがて自分の部屋の前で止まる。
読んでいた本をディスクに伏せて静かに立ち上がり扉の前へ足を進めた。
それはお決まりのなれた行為。
静かにドアノブをあけると其処には予想した男が立っている。
いつものこと。
ロビンは社交辞令の笑みを浮かべた。
「いらっしゃい」
「…ああ、」
短い言葉。
それもいつもお決まりの台詞だった。
男はそっと音もなくロビンの部屋に入る。
蝋燭だけの明かりで薄暗くなった彼女の部屋には
窓から差し込む月光がより美しく煌々と輝いていた。
嗚呼、いつもそう。
この人はこんな満月の日にやってくる。
「…ねえ、新しいワインを仕入れたのだけれど、…」
「……頂こうか」
「そういうと思ったわ」
にっこり笑ってロビンが呟く。
彼はワインが好きだ。
特別意外な一面でもないが、
彼女は彼がワインを飲む姿が好きだった。
だからいつも彼が来る十六夜には新しいワインを調達する。
ワインレッドのソファに腰掛ける男は、
その長い足を組んで慣れたようにと深く座り込んだ。
「貴方の御口に、合うといいのだけれど…」
グラスに注がれた真っ赤なワインを手渡す。
彼はというと何も言わずに唯その深い紅を見つめていた。
グラスを転がしてそのワインのゆれを楽しむ。
静かに口元に持っていくとそのままグラスに口付けた。
其の姿を見つめるロビン。
「…美味なり」
「そう、よかった」
一言だけ感想を口にする彼に笑顔を向ける。
「口に合うか」などといってみたものの、
実際のところ彼は自分の出したワインに文句を付けることはなかった。
手中で弄ぶその紅の雫が少しずつ彼の喉越しに消えていく。
ゆっくりと彼の座るソファの前に自分も腰を降ろして肘あごをついた。
彼の大きな帽子が邪魔で其の表情を図ることは出来ないが
どうやら今日の彼は機嫌がいいようだ。
「…俺が、」
ぼそりと聞える彼の声に驚く。
「俺が此処へ来るようになって、どのくらい立つか覚えているか」
静かなその問いかけにロビンはふと笑顔を失わせた。
彼が、
…鷹の目がこのバロックワークスの本社に
偲んで来るようになったのはいつからだろう。
二人の出会いは単純。
同じつながりのあるクロコダイルを通し、七武海の合同議会の時だった。
其の日はたまたま七武海であるクロコダイルに連れられロビンも議会へ赴いた。
世界的賞金首であるニコ・ロビンが七武海の議会に参加できたのは
七武海の面々それぞれの態度と肝の据えどころ、
そして世界政府幹部の妙な怠慢心が影響しているともいえよう。
仙石やつるはロビンを前にしても
「今は『世界政府』としてこの議会に参加しているわけではない。
だからお前を捕まえることはしないから安心しろ」
初めて会った仙石にそう言われた時はさすがのロビンも驚いたが、
クロコダイルのよれば彼らはいわば『七武海議会を傍観しに来たギャラリー』
ゆえに『七武海議会』のうち、どんなトラブルが起きようとも
『世界政府』は一切関与せず、事後処理は全て自分たちで行え。
との事が『世界政府』と『七武海』という
矛盾した組織の中で条約された唯一のルールなのだそうだ。
逆に言えば、たとえ世界の中枢のトップに君臨している身分であっても
あくまで議会の『ギャラリー』として参加している以上、
その身分や権利は彼らの条約の前では全て剥奪され、
たとえ七武海がその場で誰を殺そうが誰を招待しようが
政府は一切の手出し無用。…ということになっているるらしい。
其の条約もあって、
ロビンは今まで幾度となくクロコダイルと議会の席をともにした。
実際ロビンが知っている七武海は
パートナーであるサー・クロコダイルと、
政府のつると仲が良いドンキホーテ・ドフラミンゴ、博識慈愛家のバーソロミュ・くま。
そしてこの男、ジュラキュール・ミホーク。通称鷹の目。
其の四人だけであった。
あとの三人は名前を耳にしたことはあったが実際にあったことはない。
…思い起こせばおかしな話だ。
彼がアラバスタに足を運ぶようになったきっかけというものを、
自分は思い出すことが出来ない。
自分がこうして十六夜にワインを用意するようになったのは
数月前だったろうか?それとも数年前?
記憶さえ曖昧だ。
「…どうして、そんなことを?」
思い出せずに逆に彼に問いかける。
返った言葉に彼は表情ひとつ変えずに、
残り少なくなった手元のワインをゆっくりと飲み干した。
ワインをテーブルに置く彼。
そのまま腕がロビンに向けられ、ゆっくりと手をさしのばす。
それはいつもの合図。
「来い」という意味だった。
手をとってソファを立ち上がる。
若干つよく引かれると身体がバランスを崩して思わず彼の肩に手を突いた。
瞬間、彼の腕が腰に回ってロビンの視界が角度を変えた。
大きくもなく狭くもないが、唯心地良い、そのソファに乱暴に押し付けられる。
目の前にある男の顔は、未だ帽子で隠れて見えない。
思わずそっとその帽子に手を掛けるロビン。
ゆっくりとその帽子を取ると鋭く光る金色の視線が彼女を貫いた。
傷つけるように鋭利な視線に、思わず鳥肌が立つ。
はらり、
オールバックに固める彼の黒髪が自分の顔に落ちた。
瞬間、ワインでぬれるしっとりとした接吻がロビンの肌を落ちる。
思わず切なげな声を上げると、男は熱い肌への接吻を止め、
再びその唇を彼女の唇に重ねた。
「十六夜は、人を狂わせる」
離れる瞬間に呟いた低音に一瞬瞳孔が開いた。
「俺も御前も、この夜はただ狂うだけ…」
「…ジュラキュール?」
「狂事に理由はいらぬ」
鋭い金色を瞼に閉じてまたその薄く熱い唇をロビンの肌に寄せた。
ロビンは唯何も言わず、静かに頷くだけして男の愛撫を受け入れる。
静かに熱を持つその行為にただ只管に没頭した。
身体は彼で満たされすぎて壊れてしまいそう。
溶け出す雫に快楽(けらく)を覚える。
だが、
皆に満たされているはずなのに、
心が虚無で潰されそうなほど泣き叫んでいるのは何故だろう。
風通しのいいその空間は真っ暗で、誰もいない。
自然、涙が伝った。
枯れる声のように潤うことがない心が悲鳴を上げる。
嗚呼、何故わたしは泣くのだろう。
漠然と考えたが、それは瞬時に次の与えられる愛撫の先に消えていった。
せめて、生理的な涙なのだと、自分自身に言い聞かせて…。
「帽子の羽を変えたのね」
行為が終わったしばしの時間。
天蓋付きのミドルサイズのベッドでくつろぐロビンが
不意にミホークの帽子を手に弄んでそういった。
「…気まぐれだ」
「そう、…でもこちらのほうが貴方にあってる」
にっこり笑ってそういうと
既に着替え始めているミホークがフンッと鼻で笑った声が聞えた。
全て着込むと髪をセットしてからロビンを振り返る。
帽子を返せとのべられた手にそっとそれを渡した。
「次は赤と白どちらがいいかしら」
帽子をかぶって背を向けるミホークを引き止めるように声掛けた。
彼は立ち止まった後しばししてから振り返る。
「赤だ」
「…ええ、わかった。赤ね」
本当に赤ワインが好きな貴方。
呟くと彼は静かにドアノブをあけ、ロビンの部屋を後にした。
「また、十六夜の夜に…」
ただ一人残された部屋は冷え切った風で充満する。
まだ名残の残るベッドの上で薄い毛布を肩からかぶった。
不意に、彼が飲み干して言ったワイングラスが目に入る。
嗚呼、彼がいたときは確かにここに熱があったのに。
そんなことを思っても、それはもう消えてしまった熱なのだと再認識しただけだった。
以前、彼は行為の最中にこんなことを言っていた。
『勘違いするな。唯の暇潰しだ』
其の言葉にさほど傷つきはしなかったけど、
なぜか心に風穴が開いた気がしたのは確かだ。
―――暇潰しで抱かれる女―――
私には、それが心底お似合いなのかもしれない。
何かを求める権利など私にはないのだ。
瞳を閉じる。
ふと彼の眼光が蘇った。
静かに私を殺す鷹の眼は絵空事に狂う私を笑う。
窓から差し込む月光は、
愛も哀も、何もかも無意味に変えてしまう十六夜の光。
ぽつんと浮かぶ満月を見上げ、
彼女は独りで泣いたのだった。
2006/10/02
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