或る晴天の朝に
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[Information]
One Piece ( iceberg x roben )

此方の話は、「もしアイスバーグが麦藁一味に加わったら」を仮定したお話です。
なお、此処にあります話しはWJでもまだW7編完結する前に執筆いたしましたので濃厚にパラレルです。
ご注意くださいませ。

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今日も空は晴天。海も穏やか。
大海原にぽつねんと浮かぶ船は意気揚々と航海を続け海を行く。


「んナミさぁぁぁ〜〜ん!おはよー!!」
「はいはい、おはようサンジくん」
「朝ごはん直ぐ出来るからね〜〜〜!」
「お願いね」


進路を確認し、軽く背伸びをしたナミにサンジが早速朝からラブハリケーンを飛ばす。
ナミはなれたと言うようにあっさりと巻き散らかされたハートをあしらっていた。
其の姿を男部屋の窓から除いて思わず微笑む。

目が覚めて数分立つが、むさ苦しい男部屋の前で二人の会話が聞こえ
やっと自分も起きようか、という気になった彼は、
ひとつ前の島で買ったセンスの良い黒のTシャツを手に取った。
久しくこんなラフな服は着ていなかったなと思いながら
おろしたてのその服に袖を通す。
身に着けるジーパンは着飾ったスーツなんかより何倍も肌に合う。
嗚呼、やはり自分は「こういう場所」のほうが向いているのだとあらためて思った。
あの頃から随分伸びた薄紫の髪をオールバックにまとめて後ろで縛る。
「あの街」にいた頃とは随分崩れた髪形に、
やはり今の自分の方が自分自身で好きだと鏡の前で苦笑した。


ギィ…

ドアのきしむ音にナミが振り返る。


「あ、おはようアイスバーグさん」
「ンマー、おはよう嬢ちゃん」


太陽の光で真っ赤に輝くナミのオレンジ。
まぶしくて思わず目を細めると、
彼女はにこにこ笑いながら男「アイスバーグ」に近づいてきた。


「他の男共は?」
「まだ寝てるようだ。俺とコックの兄ちゃんしか起きてねぇよ」
「そっか、ここ最近いつも遅いのよね〜」
「疲れてんだろ。寝かせてやれよ」
「うーん…」


ここ最近、この船の乗員は疲れているようだった。

まあ無理もないだろう。
世界政府と戦ったエニエスロビーの一件から、まだそう長く立ってはいない。


「幾らあいつらの体力がバケモノ並だからと言っても、やっぱ人間なのよね〜」


おもわず呟いたナミが男部屋をみて笑った。

自分は、年齢こそ最年長だが乗船歴はいわば新入りで
彼らの強さはウォーターセブンでの本の一部しか見たことがない。
同時に乗船した弟分のフランキーはニエニスロビーで彼らの力を見たらしいが
ただ「あいつらはスーパーすげぇ!」を連呼するだけでまったく情報にならない。
…まあ、そんなことは取り分け彼らの目を見ればわかる。
今更自分が彼らの強さについてどうのと口を無挟むつもりは毛頭ない。
むしろこの船で一番戦力的に駆けているのは自分だと
なにか虚しくなるだけのような気がした。


「ねぇ!アイスバーグさんってば!」


考えていると突然ナミの声が耳に届いた。
あわてて切り返すとナミはちょっと膨れて「もう!」とため息をつく。


「あいつらのこと、起こして来てくれない?って言ってるのっ」
「ンマー…お安い御用だが…」
「ついでに女部屋にも声だけかけてて来てくれる?」
「珍しいな。ニコ・ロビンはまだ寝てるのか?」
「うん。なにか具合でも悪いのかわからないんだけど、
 今日は随分ゆっくり寝てたみたいだから…」


そうか。とだけ応える。

彼女の事情は乗船してから改めてナミに全て聞かされた。
初めて「心から信頼できる仲間」に出会ったのだ。
彼女もやっとぐッすり眠れる日が来たのかもしれない…。


「でも入っちゃ駄目よ?
 女の部屋に無断に入るなんてアイスバーグさんほどの人だったら
 『ぜったい!』しないわよね?!」


心なしか「絶対」を強調された気がした。


「慎みくれぇ持ち合わせてるつもりだがなァ」
「…だったら良いんだけど…ッ
 あ、あと。『ニコ・ロビン』は駄目よ!」
「?」
「呼び方のことよ。過去に何があろうと今は「仲間」同士なんだから。
 『ニコ・ロビン』なんて他人行儀じゃなくて、ちゃんと『ロビン』って呼んであげて」


真剣な顔でまるでお説教するようにそういったナミ。

『仲間なのだから』

そのセリフに思わず瞳孔が開いた気がした。
初めて会ったたの日は、お互いにお互いを殺す気で対面したのに、
いつ間違ったのか、いまは同じ『海賊』としてこの船に乗っている。
未だクルーの少ない海賊船故に余計、それぞれが『仲間』を思う気持ちは人一倍だ。

こいつらは、違う。
他の海賊たちとは明らかに。
はじめて見る海賊だった。
一緒に船に乗船しているというのに妙な疎外感を感じた。

だが、その気持ちを微塵も見せずに、彼は「ああ」とだけ呟く。


「わかればよしっ」
「んナミさぁぁぁ〜〜〜ん!ご飯できたよーーー!
 …ってアアッ!ちょっとナミさんなんでそんなオッサンと一緒に…?!!」
「あー。またウルサイの来た…」


突然のサンジの登場にナミはため息。
だがそれは上辺の表情だということをアイスバーグはすぐ見抜いた。
この二人は仲が良い。


「おいオッサン!
 ナミさんに手ェ出してみろ!幾らアンタだからって許さねーからな!」
「ハハ。娘ほど歳の離れてる女に手ェ出す趣味はねぇよ」
「いーやわからねぇ!ナミさんは可愛いからな!」
「ちょっとサンジくん!いい加減になさいよ!」
「はぁぁ〜〜いっんナミさぁぁぁぁ〜〜〜んんっ!」


ころころと態度を変えるサンジに苦笑する。
「はいはい」と流すつれない素振りでキッチンへ消えるナミの後ろを
またも大量のラブハリケーンを飛ばしながら突いてくサンジの後姿を見送ってから
アイスバーグは再び男部屋に戻り、彼女のご希望通り「朝の仕事」をはじめる。




「ンマー、お前ェら飯の時間だぞ」
「ん?ん?飯?飯だァァァーーーッ!!!!」


「飯だ」の一言に一番早く反応したのは船長のルフィだった。
何よりも飯が大好きなルフィは毎朝大体こうやって起こされる。


「飯だー!野郎共飯だぞー!おきろー!」
「ん?なんだー?!?ん?!…イデッッ!」
「んー?朝かぁ〜?」
「ったく朝っぱらからうるせぇよ!!!」


暴れるルフィに叩き起こされた面々は
ウソップ、チョッパー、ゾロの三人。
寝ぼけ調子のウソップはそのままハンモックから落ちて床にぶつけた顔を抑える。
まだ眠いチョッパーは目をこすりながら身を起こしてぼーっとしているようだ。
ゾロはというと暴れ声に起こされたのが癇に障ったのか、
暴れるルフィに懇親の突っ込みをカマしていた。


「飯飯ー!」
「ンマー、おはよう船長」
「おお!アイスー!おはよう!飯か?!」
「ああ、だが其の前にしっかり顔洗って歯ァ磨いて来いよ」
「おう!」


子供のようにして「飯だ、飯だ」と叫ぶ船長に
まるで保護者よろしくそういうと、
ルフィは素直に笑顔でうなずいてチョッパーやウソップと洗面所へと駆け込んだ。


「ったく…」
「おはよう剣士の兄ちゃん」
「ア?…あ、あぁ、…」


後に続くゾロに声をかけると不機嫌そうにしながらも相槌を返してくる。
ゾロとはまだ余り喋った事はなかったが、その性格は大体把握できていた。
我関せずを気取る彼だが、本当は誰よりも確りしている。
…まあ方向音痴と治療の無知さが玉に瑕だが…。

4人の後姿を見送ると、いよいよ一番でかい仕事が待っていた。

ルフィの大声にも微動だにせず足元でグースカいびきをかいている我が愚弟…。


「オラ、フランキー!起きねぇか!」


少しばかりルフィたちとは違う態度で接する。
乱暴に怒鳴ってフランキーの身体を揺するが未だに夢の中の彼に
ほとほとアイスバーグはため息をついた。


「ったく…」
「お?フランキーはまだ起きねぇのか??」


フランキーの前でしゃがみながら彼の頭をゴツゴツ殴っていると
洗面所から一番に出てきたチョッパーと出くわした。
「歯はちゃんと磨いたか」と問いかけると「おう!」と元気な返事をして
アイスバーグに「いー!」として前歯を見せる。
そんな姿に癒されて「ンマー、上出来だ」と頭を撫でてやると、
「やめろコノヤローッ!嬉しくねぇぞ!」と満面の笑みで真っ赤になりながら踊り始めた。
踊る彼をもう一度撫でて微笑む。


「さ、飯だ。キッチンへ行くといい」
「うん。アイスバーグも早く来るといいよ」
「ンマー、俺はまだ一仕事あるからな」
「フランキー?」
「いや、…こいつはもうほっとく事にする。其のうち起きんだろう。」


フランキーは昔から寝起きが悪い。


「んじゃ、仕事ってなんだ??」
「ん?ンマー、トナカイには関係のねぇことさ」
「???」

「よーし!!飯だーーー!!!!!」


アイスバーグの言葉に首をかしげたチョッパーだが
勢い良く洗面所から出てきたルフィ達に気をとられたようで、
彼に続いて「飯ー!」と小さな身体を精一杯伸ばして叫んでいた。

バタバタと慌しい彼らの足取りはキッチンへ。
四人に微笑むと足元で眠る愚弟に軽く蹴りを入れてアイスバーグも男部屋ほ跡にした。
むさ苦しかった男部屋にはさらにむさ苦しい男が一人
ンガンガッと鼻を鳴らしながら大の字になって夢気分のようだった。




コツン、
…と。アイスバーグはその部屋の前で立ち止まる。
若干気が引けるその拳だったが、今に始まったことでないと力を込めて
少々控えめにノックを鳴らした。


コンコン…

「…起きているわ」


穏やかな声が潮風にのって彼の耳に届く。


「…ンマー、飯の時間だとよ」
「……ええ、わかった。今行くわ」


妙な間と空気が、其処にはあった。

アイスバーグとロビンには深い溝がある。
幾ら同じ海賊旗の元にいたとしても、
二人には消しきることが出来ない「過去」がある。

お互いにお互いを殺そうとした。
片方は己の信念と信じる恩師、世界の為に。
片方は自分が最も失いたくない仲間の為に。
銃口を向け、敵対し、激情をぶつけあった。
自らの願いを果たすために、相手の命を厭わなかったのだ。

ロビンとは、ルフィやナミ達のようには接せない。
きっと彼女も同じ事を思っているのだと思う。

だから二人の間に言葉は少ない。

それは『仲間であって仲間でない』。
埋めることがとても困難な二人の距離の表れだ。

しばらく考えて、埒が明かないと悟った。
とりあえずナミに頼まれたことは果たしたのだから、
後は勝手だと、自分もキッチンへ向かおうとしたとき、
不意に扉がおく音がしてとっさにそちらを振り返る。


「お待たせ。いきましょう?」


不自然なほどの綺麗な笑顔でそういうロビン。
驚いているとまたくすくすと笑って横を通り過ぎる。


「…ンマー、こりゃどういう風の吹き回しだろうな」
「おかしいかしら?」
「いや、だが何か不自然だ」


おもわず素直に問いかける。
すると彼女は今度は困ったような笑みを浮かべて向き直った。


「…私、考えたわ。貴方との距離をどうしたら埋められるかを」


ロビンの思いがけない言葉に困惑する。
たしかに自分も彼女との溝を埋められるのであれば努力したい。
だが、それにはきっと長い年月が必要だ。
なぜならば、二人はまだお互い理解を深めてはいなかったのだ。
アイスバーグのトムへ対する気持ちも。
ロビンのオハラへ対する気持ちも。


「私は、あの時貴方に銃口を向けたこと、今でも後悔はしていない」
「…ああ、そうだろうな」


本音で語り合ったら柄名もなくまた熱くなってしまいそうな気がした。


「そして、貴方が私に銃口を向けた事も、貴方自身後悔していないと思う」


ロビンは静かに呟く。
確かにそうだ。
アイスバーグは彼女の仲間になった今でも、
彼女に銃口を向けたことを公開はしていなかった。


「お互い、あの時に出来て全力の選択が、ああだった」
「…そうだな」
「そして、其のことを今更後悔するほど、私たちは子供じゃない」
「ああ、」

「…ただ、唯一つだけ、あの時とは違う思いが、私にはあるわ」


不意にアイスバーグを見つめて、
次の瞬間、ロビンは深々とそのこうべを下げる。





「私を、止めてくれて有難う」





顔は見えないが、かすかに潤んだ声だったと思う。
見つめていると、そっと静かに頭を起こして
今度はアイスバーグをまっすぐに見ながらこういった。


「…あの時、私を止めてくれたのが、貴方でよかった。
 あのまま貴方を殺していたら、きっと私はこの船に残れなかったわ。
 だから今こそ、素直な気持ちでこの言葉が言える…。
 有難う。アイスバーグ」


はじめてみるロビンの表情。
一転の曇りもない微笑みとはまさにこのことを言うのだろう。
かすかに涙が溜まる大きくて深い色をした瞳に
まるで吸い込まれるような感覚を味わう。


「………ンマー…、やられたな」


落された男が情けない声で呟くと
彼女はまた綺麗に笑って見せた。
そのまま彼を越してキッチンへと向かう。
そして通りざまに、


「それと、貴方は市長の格好なんかより、
 その格好のほうが似合うと思うわ」


素敵な服ね。
と、振り返っていった彼女の笑顔に幼さを感じて思わず彼も微笑んだ。


「…そりゃ、ドーモ」




潮風が心地良い春の気候の午前。
デッキから空を見上げると真っ青な晴天が広がっていた。

二人が本音から分かり合える日はまだまだ遠い。

だが、その情景には、確かにお互いが分かり合える日があるのだという、

ひとつの希望、が光っていた気がした。






「おーい!アイスー!飯くうぞー!」


船長の声高らかに。
この船の仲間であることに、どこか誇りを覚えた。そんな日だった。
















「お。フランキー起きたかー?」
「ギャーっスーパー寝坊しちまったぜ畜生!!サンジ俺の飯は?!」
「今更起きたかクソサイボーグ。あんまり遅ェんでルフィにやっちまったよ」
「んなにーーー?!!!」
「んまかったぞ!!」
「ちょっと、オメーら酷いじゃないのー!!!」

其の日の午後は、フランキーがキッチンでコーラをやけ飲みしている姿が、
見られたとか、見られないとか…。



2006/10/01