T.flower
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[Information]
One Piece ( do-flamingo x roben )

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或る晴れた昼下がりのテラス。
澄んだ空、綺麗な空気、用意された喉を潤す贅沢なトロピカルジュース。
最高の状況にもてなされ、最高の気分のはずなのに。

視線を上げると、目の前にはこの男。


「フフ、フフフ…」
「………」


奇妙な笑い方で自分を見つめる彼の名はドンキホーテ・ドフラミンゴ。
彼の笑顔に築かれないように眉を寄せ、また視線を手元の本に移した。
其の姿に何を満足したのか、彼はまたふつふつと笑っている。

此処は七武海の定例議会が開かれているグランドラインのとある島。
七武海の定例議会はいつも同じ場所ではなく必ず前回とは違うところで開かれる。
最近では議会には必ずといっていいほどクロコダイルに動向しているロビンは
今回も彼に付き従って議会に参加してした。
あくまで「ギャラリー」として…。

今回議会が開かれたのは、
そっけない無人島のような夏島の浜辺に佇んでいたコテージだった。
見渡せば、参加者はいつもより格段に少数。
クロコダイルにバーソロミュー・くま。そしてドフラミンゴ。
ミホークはどうやらこの暑苦しい地が好みではないようで今回は欠席らしい。
その他はギャラリーとして参加しているロビンと七武海直属の役員数名。
政府関係者は今回全員欠席のようだ。


「フフ、どうだニコ・ロビン。俺の島だ。気に入ってくれたか?」
「…そうね。ちょっと熱いわ」
「フフフ!」


先ほどから似たようなことばかり聞いてくる彼。
面倒になって適当に応えると彼はまた何か満足げな笑いを見せる。

どうやら此処はドフラミンゴが買った島らしく、
今居座っているコテージも、言わば彼の別荘らしい。
先ほどからしきりに「いい島だろう」とか「綺麗なコテージだろう」とか
ことあるごとにロビンに話しかける姿を見せていた。


「おいドフラミンゴ。あんまりソイツを刺激すんなよ」


そうこうしているとコテージの中から連れであるクロコダイルが出てきた。
ドフラミンゴに付きまとわれて内心ほとほとしていたロビンにとっては絶好のタイミング。
本から視線をクロコダイルに移して微笑んだ。


「あら。サー。外に出て大丈夫?」
「あ?…まあな」
「クロコダイルも気に入ったか?俺の島を」
「気に入るだと?馬鹿言ってんじゃねぇよ。こんな湿度の高ェ島もう二度とごめんだぜ」


ロビンへの反応に比べ、ドフラミンゴへの反応はきついものだった。
スナスナの実の能力者である彼にとって、水や湿度は致命的。
故に砂漠国家であるアラバスタを自ら進んで拠点としているというに。
そんなクロコダイルにとって、この熱帯雨林のような湿気の多い島は
居心地悪いこの上ないようだった。


「ったく、一刻も早くアラバスタへ帰りてぇ」
「まあ、サーったら子供みたいなこというのね」
「フフフ!クロコダイルはガキ臭ぇころが昔から抜けねぇな」
「五月蝿ぇぞテメェら!!」


おちょくるようにそういった二人に思わずクロコダイルが叫んだ。

ドフラミンゴとは根本的に合わない予感がしていたロビンだが、
唯一同じ「趣味」としてクロコダイルをからかうことに共通点があるらしい。


「テメェら何ぞに付き合おうとおもった俺が馬鹿だった」
「あら?行ってしまうの?寂しいわ」
「それにつまらないな」
「つまって溜まるか!
 おいニコ・ロビン、夕方には帰るからな。準備しておけ」


怒声でいうと「ったく頭に来るやつらだ!」とぶつくさといいながら
乱暴にコテージのドアを叩き閉めてテラスを去っていった。

クスクス笑ってクロコダイルを見送ると
また「フフフ」という笑い声が聞え
思わず視線をドフラミンゴに移す。


「趣味が悪いなニコ・ロビン」
「貴方もでしょう?ドンキホーテさん」
「フフフ!違いねぇ」


楽しそうにして身軽な身体をひょいと起こすと
とたんテーブルの上に載るドフラミンゴ。


「お行儀が悪いわよ」
「お行儀が悪いのは今に始まったことじゃねぇさ」


「いつもおつるさんに言われてる」と付け足してからまたふつふつと笑って
ロビンの飲みかけのトロピカルジュースへ手を向ける。
止める間もなく飲み干すと「美味ぇな」などとのんきなことを言っていた。


「レディの飲みものを勝手に飲むなんて、お行儀云々の話ではなさそうね」
「フフ!フフフ!」
「…」


何を言っても笑い返される。
何を考えているのかイマイチわからないこの男。
ロビンはドフラミンゴが苦手だった。

しばらく放って置いて読書を続けていたが、
いつまでたっても彼は飽きることなく自分を見つめる。
どことない居心地の悪さを感じながらも
ここはあくまで七武海の定例議会。
自分が面子に口出してクロコダイルの足を引っ張りたくはなかった。
視線を無視して只管本に没頭するフリをする。
しかし内容など勿論頭に入ってこず、自然と読む手は遅まるばかり。
其の状況をドフラミンゴが見抜いていないはずもなかった。


「…ドンキホーテさん」
「どうしたニコ・ロビン」
「そう見つめられては気が散るわ」
「俺のことは気にするなよ。読書を続けてくれ」
「気にするなというほうが無理よ」


というロビンの一言に、
今日はじめてドフラミンゴの表情が変わった。
気配に気付いて見上げてみると
突然テーブルから身を乗り出す形でがばっと肩をつかまれ、
持っていた本がテラスの床に落ちる。
バラバラという音を立てていくつもはさんでいたしおりが散った。

驚いて眼を見開いていると、


「気になる?フフ、俺が気になるかニコ・ロビン!」


意気揚々と嬉しそうに問いかけてくるドフラミンゴ。
理解できずにいるロビンをお構いなしに彼は彼女の肩をゆらす。


「そうかそうか!俺が気になるのか!フフフッ!」
「…な、なにか勘違いしてないかしら…」


余りの気迫に思わず逃げ腰になる。
引きつった笑顔を張り付かせて問いかけると
ドフラミンゴはさらにおかしそうにして笑い続けた。


「私は、貴方が見つめてくるから『其の視線が気になる』といっているの」
「フフフ!大して変わらねぇさ!
 アンタが俺を『気にしている』ことに変わりはねぇだろう!?」
「………」
「俺はそれで十分満足だぜ、ニコ・ロビン!」


やはり頭を悩ませる。
少しは世間を見てきたと思っていた。
少しは相手の考えることくらい悟れるようになってきたと思った。
だが、その経験がこの男に対してはまるで微塵も通用しないのだ。
会ったあの日から、今に至るまで。
この瞬間ですら、男のサングラスの奥の笑顔に困惑するばかり。

一番わかりやすそうなのに、一番理解できない存在。それが彼。
彼に比べたらクロコダイルなんてまるでガラスで出来ているかのようにわかりやすい。

ため息をついて視線を逸らすロビン。
ドフラミンゴは気が済むまでロビンの顔を拝んだあと、
大満足とでも言うように突然ぱっと肩から手を離し、
嬉しそうにして空になったグラスの刺さるストローを取って弄んでいた。

やっと開放されたロビンは、揺らされたことによって若干乱れた髪を整える。


「…貴方は、良くわからないわ」
「フフッ」


ロビンの言葉にまた笑顔を浮かべる彼。
思わずため息をつくロビンを放ってドフラミンゴはストローを再びグラスに戻すと、
また身軽な身体で、飛び移るようにしてトントンッと軽い音を立てて
テラスの床に綺麗に着地する音が聞えた。
ロビンは彼のことは見ず、ただ落ちた本と散らばったしおりを拾っていると、
唐突にパタンと扉の閉まる乾いた音が耳に入る。
ふと、気付いて振り返ると、そこにはもう既にドフラミンゴの姿はなかった。

彼は何がしたかったのだろう…。

入れ替わるようにテラスの扉を開けたのはクロコダイルだ。


「おい、ニコ・ロビン。準備は出来たか」
「サー…、ごめんなさい。もうちょっと待ってくれる?」
「ったく仕様のねぇヤツだなオイ」
「ごめんなさい」



気がつけば日が暮れ始めている。迎えに来てくれたようだ。

ドフラミンゴの所為…
といっては何だが、帰り支度をすっかり忘れていたことに気付く。
急かすクロコダイルに笑顔で答えて残りのしおりを拾おうとした其のとき、
一枚の見慣れないメモ書きが眼に飛び込んできた。

そっと拾って中身を見る。

その内容に、思わず眼を見開いた…。


「おい、何してやがる」
「……あ、いえ、なんでもないわ」


そっとそのメモをクロコダイルに気付かれないように
自然な手つきでテラスのテーブルに置いた。
心なしかの笑顔。それに気付いたクロコダイルは、


「どうした?」
「ふふ、なんでもないわ。さ、帰りましょう。サー」
「お、おぅ…」


不思議そうにして自分を見返すクロコダイルだが
ロビンは何も言わずに唯笑顔で応える。

首をかしげてテラスを出るクロコダイルの後をおって
静かに部屋へ戻るロビンは、もう一度テラスを振り返り、その眺めを見つめた。
夕焼けに真っ赤に染まった海に、生き生きとしたトロピカルの花、
そしてテーブルには『彼』が残した一枚のメモ。


「不思議な人…」


呟き、口元で微笑んで、ロビンはそっとその扉を閉めた。





 ―――砂漠にしか咲かない花も魅力だが、

 ―――俺はこの島に似合うようなトロピカルフラワーの方が好みだな





だれもいなくなったそのテラスに風が吹く
風にのって空へ舞う、彼の残したその言葉は
どことも知れぬ海の彼方へ

まるで鳥の様に優雅に飛んでいった。



2006/10/08