唯只管に二人きり
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One Piece ( crocodile x roben )

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たった4年だけ。私たちは二人だった。





「―――― ロビン!」


その声にはっとして、私は視界を海から離した。
振り返ればそこには、可愛らしいこの船の航海士さん。


「どうしたの?何回も呼んだのよ?」
「ごめんなさい」


苦笑してそういう私を、航海士さんは困ったようにして見上げた。
彼女のそんな表情は嫌いじゃないわ。
何をしても愛らしい彼女はたくさんの表情をもっていて、
私は時々、羨ましくなる。


「何か用だったのかしら?」


私が首を傾げて言うと、航海士さんはにっこりと笑って続けた。


「ご飯ができたって!みんな待ってるわよッ今日はサンジくんの得意料理らしいから!」
「あらまあ。それじゃ急がなくてはね…」


自分ではにっこりと笑ったつもりで、私は彼女にそういったのだけれど、
今までの愛くるしい笑顔とは対照的に眉をひそめる航海士さん。

どうしたの?

そう問いかけようと口を開いたとき。



「ねぇ。ロビン。本当は辛いんじゃない…?」



彼女の言葉に驚いた私がいる。
笑ってごまかしてしまおうかしら。
でも、航海士さんの目があまりにも真剣で…。


「…辛い?何故?」


曖昧に、そうとだけ答えた。


「………。思い出したり、しないの?」
「……」


彼女の言葉に、私は無言で答えた。


思い出さないといえば嘘になってしまうわ。
だってついさっきまで、私は彼のことを考えていたのだから。





   二人でいたころは。
   あなたの隣に私がいて。
   私の隣にあなたがいて。


   それが当たり前であるかのように。
   それが永遠であるかのように…



   裏切って。裏切られて。
   憎んでも、憎みきれなくて。


   でも私は。そう思うたびに、貴方に惹かれていった。



   離れてから気付く感情ほど、虚しい物なんてないわ…


   それでも、私はあなたを倒した男の船の上で。
   どこか知らぬ海を行く。どこか知らぬ地を行く。
   惨めなあなたを思っているの…






   私は、辛いのかしら…?


   乙女のような恋心など毛頭にないわ。
   可憐に恋焦がれて胸を痛める夜なんて、経験したこともない。


   ただ。『あなたを想っているだけ』なのよ…?



   それでも。何故私は…





「…。私、辛そうに見える?」


自然と私の唇からもれた言葉は、こんな簡単な言葉。
今の私は笑っているのかしら?
それともないている?
自分でもわからないわ…。だけど…


「………。わからないわ」


航海士さんは可愛らしくそう答えた。




「そうね。自分でもわからないもの…」
「ロビン?」
「私も自分が辛いのか、そうでないのかわからないの。…ただ」
「………ただ?」


「裏切られて、傷付けられて。そうまでされてもまだ…。私は彼を想っているわ。
 それが憎しみなのか、それとも愛情なのか。ずっと前からわからないのよ…
 彼と二人きりの頃から…。わからないの………」



私の言葉に、彼女は呆けたようにして聞いていたわ。
思わず苦笑してしまった。
航海士さんに対してなのか、愚かな自分に対してなのか…





「おーい!ナミー!ロビンー!サンジが呼んでるぞぉ〜!」


遠くからまた、かわいらしい声が聞こえた。
この声はトナカイくんね。


「あ、うんっ、今行くわ!」
「じゃあ、そろそろ行きましょう」
「あ、ちょっと待って!ロビン!!」


トナカイくんの後を追う私を、航海士さんが慌てて呼び止める。


「どうしたのかしら?」
「ええと。上手く言えないんだけど…。きっと乗り越えられると思うの」
「……乗り越えるって?」
「アタシも色々あって、誰も信じられなくなったとき、この船に出会ったのよ。
 最初は信じてなかったけど、ここのバカ達はアタシのために、
 必死になってアタシの村を守ってくれた…。
 それからアタシ人を信じれるようになったの…」


そう語る彼女はいたく落ち着いていて。
この子はこの船が大好きなのねと。そう心から思った。


「だからね。ロビンもきっと大丈夫よ。
 胸の傷はいつか消えるだろうし、クロコダイルへの想いも、
 落ち着いて整理すればいいと思うの
 この船はホント気楽だし、楽しいし、…皆優しいから…」
「…あなたも十分にやさしいわ…」


微笑んでそういった私を、彼女ははにかんだ笑顔で見上げた。


「じゃ、アタシ!先行ってる!」
「ええ」


照れくさそうに去る航海士さんは本当に可愛らしいわ。
…、不甲斐ないのは私のほうね………。





この船は本当に気持ちいいわ。

何もかも、全てが楽しくて、全てが心地いい…。



だけど、きっと。
あなたの隣も、本当は心地よかったのかもしれない…。


今まで私達は二人でいすぎたのだと、そう思う。



近すぎて、見えなかったもの。
近すぎて、気付かなかった感情。
近すぎて、認めるのが怖かった想い…



振り返ると大きな水平線が見えて、
私は思わずその海原に問い掛けたくなった。










   「ねぇ、クロコダイル。あなたは今どこにいるの?」


     ――― 俺の予定はお前が一番よく知ってるだろうが










   「ねぇ、クロコダイル。今度はどんな葉巻が好みになった?」


     ――― 葉巻の好みなんぞ、下らん事を聞くな










   「ねぇ、クロコダイル。あなたは今どんなことを思ってる?」


     ――― 仕事が上手くいかねぇときにそれを聞くかフツー










   「ねぇ、クロコダイル。今でも私は貴方のパートナー?」


     ――― 俺のパートナーを勤められるのはお前だけだ。ニコ・ロビン










何かすっきりしたの。
私は今、きっと笑ってるわ。



「ねぇ、クロコダイル。私は今、あなたを倒した男の船に乗ってるわ」



少し。離れてみるのもいいものね。
見えなかったいろいろなあなたが、私の脳裏に浮かび上がるのよ


「驚いたでしょう?」


そう呟いた。
私の思い出したあなたはニヒルに笑って『喰えねぇ女だ』って笑ってるいるの。
私があなたを驚かすと、あなたは決まってそう言ったわね…。





あなたの心地いい低音の声や、あなたの雄々しい体や腕は、
もう、きっと私の元には絶対に現れることはないのでしょうけど。


私の記憶の中で、いつもあなたは退屈そうに居座り続けている…

この想いや、その決着をつけることは、二度と出来ないのだけれど。
それでもいいわ。





「私はあなたと『二人』だった事を、心よりうれしく思います」





砂漠には不釣合いの花で在れど、その花は美しく………



2006/10/01