切ない冷静
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[Information]
One Piece ( kuzan x roben )

雉花(→鰐) / 義兄妹パラレル / 恋愛要素はあまりありません。

登場人物
・ロビン…警視庁捜査研究室に勤める研究員
・クザン…ロビンの義兄
・クロコダイル…ロビンの元上司
・スパンダム…ロビンの上司

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昨日は妙にだるかった。
慣れない新上司に押し付けられる研究室の仕事で疲れているんだわ。
そう思い込んでそのまま家に帰宅する。
家でまつ義兄さんと一言も会話しない日は別に珍しくない。
食欲もわかず、そのまま部屋に直行して倒れこむようにベッドに突っ伏した。
どこか遠くで義兄さんが呼ぶ声が聞える。
返事が出ないかすれた声にぼうとする頭。
私は諦めてそのまま深い眠りについた。





一体どれくらい眠ったのだろう。
身体が思うように動かない。

嗚呼、このまま静かに眠いっていたい…。

だけどそれはかなわぬ願いと知っていた。





リーン、リーン…





ロビンを眠りから呼び覚ましたのは携帯電話のコール音だった。
ふと、うつろな瞳で眼を開けると、部屋がまだ真っ暗。夜中だということを知る。
けたたましくなり続ける携帯を取ろうと手を伸ばしたら
とたん間接に痛みが走った。
眉をしかめながら暗闇で光る携帯の液晶を見ると、


『 スパンダム室長 』


着信履歴の相手に、またロビンは憂鬱になる。
スパンダムは新たしく赴任してきた自分の上司。
以前いた上司であるクロコダイルの片腕とまで言われたロビン。
だがクロコダイルが都心の捜査本部に転任していった後を次いだスパンダムは
まるで自分の出世しか考えていない傲慢な上司であった。
聞くところによると、スパンダムは都心本部出身らしいが、
向こうで何かやらかしてこの田舎まで飛ばされたらしい。
都心から随分とかけ離れているこの警視庁に転属されたスパンダムは
以前以上に荒れ、こと或る毎に処時間構わず自分の部下を呼び出しては
やれ捜査が甘いだ、やれ書類が不服だなど、
愚痴や八つ当たり相手をさせている。

それはロビンとて例外ではなかった。
むしろ、前任者であるクロコダイルの右腕と聞いただけで
まるで眼の堅きのようにロビンを乱雑に扱う仕草は灯を見るより明らかだ。
彼女も夜中に突然呼びだされることなど日常茶飯事。
ろくな睡眠をもとれず、日に日に弱っていくばかりであった。

通話ボタンを押すことをためらう。
「何故私がこんな目に」などと、悲劇を気取るつもりはないが
内心のどこかで自分を認めてくれていたクロコダイルを思い出していた。

今此処で居留守を使うことは簡単。
ケータイなど電源を切ってしまえばいい。

けれど、自分が勝手な行動をとるだけで同じ部署にいる仲間にきっと迷惑がかかる。
ルフィやウソップといった現場組みは日々の張り込みや肉体労働で疲れているはず。
ディスクワークを得意とするナミとて例外ではない。
それに彼女は近々結婚する。そんな大切な時期に心労をわずらって欲しくない。
自分がスパンダムを蹴れば、次の標的はルッチたち捜査一課の連中だろうが、
あまり仲の良くないルッチに恩を売りたくはなかった。

これも仕事と割り切るしかない…。
未だなり続ける着信に出ないわけには行かずに通話ボタンを押した。


「…はい」
『おせぇぞニコ・ロビン!コールは3つ以内に取れっつってんだろうが!!!』
「ごめんなさい室長、余り具合がよくなくて…」
『言い訳はきかねぇぞ。罰として今から30分以内にレインディナーズにきやがれ!』
「レインディナーズ…?」


あそこは俗に言う違法カジノだ。
警察官がいっていい場所ではない。


「室長、ガサでもないのに何故…?」
『わざわざ聞くな馬鹿野郎!今日は当たりが来なくて機嫌が悪ィんだ!』
「でも室長、レインディナーズは…」
『五月蝿ェ!お前はとっとと黙って俺の言うとおりにしていたらいいんだ!』


むちゃくちゃを言う。
ロビンは眩暈さえ起こしそうな頭痛に耐えながら
仕方なく「はい」とだけ呟いて電話をきった。

スパンダムのことだ。
きっとレインディナーズで遊んでいるのだろう。
一警察官の正義がきいてあきれる…。
都心でも似たようなことをやらかしたに違いない。
当時スパンダムの違法事件の一件に絡んだ親友のヒナが
彼の愚痴を良くもらしていた。
あの時は悪くも他人事のはずだったのに、まさか自分がスパンダムの標的になるなんて…。

ガンガンと耳鳴るのをこらえてまた支度をした。
ふらついておぼつかない足取りで危なげに階段を下りていく。


「ロビン。どうしたんこんな時間に?」


声をかけられ振り向くと、其処には牛乳を飲む義兄の姿。
ロビンは無理に笑って彼を安心させようと努力した。


「ちょっと、上司から呼び出されてしまったの。行ってくるわ」
「行ってくるって、もう2時じゃないの。断れってそんなもん」
「そんな分けには行かな…」


突然、脳内がスパークした。
高等部にすごい衝撃を受けたような頭痛がはしり、
其の瞬間に足がまるで人形のようにガラガラと音を立てて壊れたようなイメージにかられる。
真っ白になり行く視線の中で、義兄が自分を呼んだ声がした。





真っ白な世界で、ふわふわ浮かんでいる自分が居た。
ゆっくりと漂う時間の中で、ふと一番最初に考えたのは
今は遠くに居る彼のこと。
嗚呼、彼に会いたい…。
おもった瞬間に、体内に焔が宿った。
燃えそうな炎がまるで全身を焼く尽くすような感覚。
それを奪ったのは、心地良い冷たい手のひら…。





「…あ、にぃ、さん……?」
「おう、気がついたかロビン」


視線をあると目の前にはクザンがいた。
額に置かれたその大きな手のひらが冷たくて心地良い。


「心配したんだぞ。コレでも」


静かに優しく呟かれた言葉。
ロビンは未だうつろな瞳で、自分の髪を梳くクザンを見上げていた。
しばし呆としていたロビンだが、突然スパンダムのことを思い出す。
あわてて起き上がろうと身を起こすと、また軽い眩暈が襲ってきて
思わずクザンの腕に倒れこんだ。


「こらこら!」
「は…、はぁ……、行かなくては…室長に…」
「室長ってスパンダムの野郎のことか?
 アイツならさっきから何度も電話してくっから、
 「病人に何させてんの」って怒鳴り返しておいたぞ」
「…え?!」


さらりとつげるクザンに思わず眼を見開く、
構わずに起き上がったロビンの身体をゆっくりベッドへ寝かせて


「にいちゃんを誰だと思ってんの?」


安心させるようなクザンの笑みに、ロビンは思わず苦笑した。

クザンは今こそ辞職してしまったが
以前は凄腕と言われていた警視庁捜査本部の
責任者でもあった男だということを今思い出す。
クザンの顔は意外に広く、警視庁内ならば多少の融通が利く男だ。
それは辞職した今でも変わらず、本部の人間に慕われた居る。
当然スパンダムのことも知っていたのであろう。
いくら傲慢な上司でも、クザンに目を付けられたら手も足も出ないらしい。


「だから、お前は安心してねてればいいの」


まるで子供を落ち着かせるかのようにぽんぽんと頭を撫ぜる。

そういえば、昔も、自分はよくクザンに撫ぜられていた。
母が死んで、身寄りがなくなったロビンを引き取ったのはクザンの両親だった。
あの頃はまだ幼すぎて、母親恋しさに泣きじゃくるロビンを
クザンはいつもその冷たくて心地良い手で撫ぜて慰めてくれていたことを思い出す。
彼の冷たい手は、なきつかれて火照った肌にとてもよく馴染んで
その心地良さに何度安心したかわからない。

数年前にクザンの両親もともに他界し、
今はこの大きな家で義兄と慕うクザンとロビン、二人で暮らしいてる。

血の繋がり等ないけど、それでも二人が信頼しあっているのは
きっとお互いがお互いを大切に思うその気持ちが、
血縁を超えるほどの絆を生み出しているからであろう。


「…義兄さん、ごめんなさい……」
「なんでお前があやまんの。お互い様ってこったろ。俺たちは家族なんだから」


笑顔でそういうクザンに、ロビンは目頭に熱を感じた。
しばらくその心地良さを感じながらしずかに眼をつぶっていると
クザンがそっとロビンの頬に触れたのがわかった。
「何?」と眼を開くと、彼女の額に手を置いて


「体温高いよお前」


なんだか悲しそうな顔でそういった。
すこし驚いて「風邪かしら」と切り返すが、それに応えることはなく、
ただ何度も何度もロビンの髪を梳く。

沈黙が流れていた。



「なんで、此処に残ったんだ?」



静寂の中でクザンが静かに呟いた。
その意味を聞くほどロビンは鈍くはない。
瞬時に悟った言葉の意味に、ロビンは思わず眉をしかめる。

クロコダイルについていけばよかったと。

ロビンが後悔していることを悟れないほどクザンは鈍感ではない。
クロコダイルが任を離れるとき、
言葉こそながったがロビンはクロコダイルについていくものだとそう思っていた。
だが、実際クロコダイルがロビンを連れることもなく、
そしてロビンが彼との道を選ぶでもなく、
二人はただそのまま別々の道をたどる結果になった。

ロビンは今でも後悔し悩んでいる。
何故あの時「連れて行って」と言えなかったのかと。
何故あの時「ついて来い」と言ってくれなかったのかと。


「人間は、本当に一緒に居たいと思ったヤツと一緒に居なきゃ
 幸せにはなれないんだぞ。ロビン」


クザンの言葉が、弱った心に素直に響く。
そう、今でも、私は彼のそばに居ることを、こんなにも願っている…。
突然視界にあふれ出た雫たちは、行き場をなくて流れ落ちる。
真っ白い天井を見上げて、思いを馳せるは、遠い地の彼。


「義兄さんを置いて、いけないわ…」


情けない声で呟いた言葉は、きっとクザンの機嫌を損ねるにきまってる。
でもそれはロビンのもうひとつの本心で、
今までこんなにも自分を思い、大切にしてくれた義兄は
思いを馳せる彼と同様に。ロビンのとっては大切な人だったから。


「俺のことなんざ、気にして欲しくないんだけどな」
「そんな悲しいこと言わないで頂戴。私にとっては義兄さんも一緒に居たい人よ…」
「………」


言っていること、思っていること。
すべてが矛盾していることは自分自身が一番良く知っている。
たとえ、今此処で義兄を捨て、愛する人の元へ行ったとしても、
もう彼が私を必要としてくれていなくなっていたら、
それこそ全てを失い、私はまたひとりになってしまう。
そんな気がした。

怖いのだ。
求めすぎて全て失いたくはない。
愛する人を失った今、慕う義兄まで失ったら、私は生きていけない…。
だから…


「私は、義兄さんが居てくれるだけでいい」





一言だけ呟いて、また瞳を閉じる彼女に
義兄は静かに


――そんな弱音も、きっと熱のせいだ。


そう呟いて
またその髪を冷たい手のひらでやさしく梳いた。



嗚呼、いっそ、義兄さんに恋していたら、どんなに幸せだっただろうに…

されど心は遠く馳せる彼を思い
発熱した熱い身体は、また静かに眠りの渦に落ちていく





優しく冷たい、義兄の温度を感じながら



2006/10/16